馬にも言葉の相違はわかる。
「馬は人間の言葉を理解することはできないが、言葉の相違についてははっきりと知っている」とフランス人のフレッド・オステンは言っている。
ヨーロッパおよびアメリカにおけるサラブレッドの老練な研究家であり、またマンセル・ブサックの馬事業のアメリカにおける代理人であるオステン氏は、こう考えている。すなわち国際レースに馬を出そうという、大西洋の両側の馬主はかれらの馬に外国の言葉が話され、また叫ばれているのを聞くことに慣らすのを忘れてはならない。そしてこのことは、馬は短時間にそのような変化に適応するものだから、容易に出来る事なのである。
オステン氏は次のように語る。
「サラブレッドは、言葉や音楽に対し非常に鋭い耳を持っている。私はドイツの馬がフランスに行ったり、フランスの馬がドイツに行った場合にすっかり気が動転してしまった例を多く見てきた。ずっと前には私はその主な原因を遠い距離を輸送していったからだと考えていた。だが、そうでないのである。後になって私はバーデン・バーデンはパリからもベルリンからの方が遠いのである。ところがドイツの馬で、ベルリンからそこへやってきた馬はフランスからきた馬のようにおかしくならないのである。そこで私は彼等を狼狽させたのは、やわらかいフランス語から喉音のドイツ語への変化であるという結論を下したのである。このことはドイツの馬でフランスに行ったものにも当てはまるのである。
私はアメリカの馬が、急にフランスに行った場合にも類似の影響が見られるだろうと信じている。そのような馬は外国の競馬場の地形や、ちがった形に慣れるまでは、充分な時間が与えられなければならない。
これはイタリアの故フェデリコ・テシオが、ネアルコやドナテッロ二世のような馬をフランスに持っていってレースに出す場合のやり方であった。」
かつぶー≫確かにそれはあるでしょうね。人間でも言葉の違いや環境の違いで力が発揮できない事もありますからね。
「続・趣味の競馬学」より 10.27
何故競馬で負けるのか。
レースが終わるたびに、負けたウマの馬主、調教師、騎手のあいだでちょっとした儀式が演じられる。それは「なぜ我々は負けたのか」を検討する儀式であり、失望させられたウマを売り払ったりせずに馬主にもう1ヶ月の調教費を出す気にさせる敗因を捜すためのものである。
その儀式で単純明解な真実を明かすことは厳禁である。このウマは良くないとか、ほかのウマの方が良かったとか、騎手の乗り方が悪かったとか、調教師が調教に失敗したといった明白な意見は述べられないのである。ウマは機械じゃあるまいし、生き物なんだからときには矛盾した行動をとるといった事実に触れることも禁止である。競走馬を所有して調教を受けさせるにかかる費用は、納得できる特別な理由がないかぎり常勝でなければ割が合わないほど高額である。そこが、調教師や騎手の頭の使いどころである。レース後の弁解が同じではいけない。その度に、新しい理由を考えなければならないのだ。
そのことで頭にきたさる馬主がスポーティングライフ紙に投書し、これまであかされてきたうちで特に奇妙な言い訳をいくつか紹介したことがある。するとそれが引き金となり、同じ不満を抱いている馬主達からの投書が殺到し、いろいろな言い訳の例がたちまちのうちに多数集まったという。そこで私が個人的に集めたものも加えた上位50に入る言い訳を、簡略に列記することにする。
1.ウマが空気を飲み込んだ。
2.馬場の隅でウマがウサギの穴に脚を突っ込んだ。
3.芝のかたまりが飛んできてウマに当たった。
4.飛んできた芝のかたまりをウマが飲み込んだ。
5.ウマが急カーブを嫌った。
6.スタート直後にウマが虫に刺された。
7.テレビの中継車にウマが驚いた。
8.ウマが雨を嫌った。
9.ウマの口の中に腫れ物が出来ていた。
10.ウマの脚が炎症を起こしていた。
11.ウマが競馬場の馬房を嫌った。
12.ウマが筋肉痙攣を起こした。
13.ウマが強風を嫌った。
14.ウマが怠け癖を出した。/ウマが敏感になりすぎた。
15.レース中に他の馬にぶつかられた。
16.レース中にウマが蹴られた。
17.ウマがスローなペースを嫌った/ウマが速いペースを嫌った。
18.ウマが慎重にジャンプしすぎた/ウマが過度のジャンプをした。
19.出走馬が多かったためにウマが窮屈に感じた。
20.出走馬が少なかったためにウマが競走を忘れてしまった。
21.馬場が固すぎた/馬場が柔らかすぎた。
22.左回りのコースが苦手なウマだった/右回りが苦手だった。
23.レース間隔が開きすぎていた/レース間隔がつまりすぎていた。
24.距離が長すぎた/距離が短すぎた。
25.スタートに失敗し、その遅れを取り戻すのに無理をしすぎた。
26.ウマがほかの騎手のムチで顔を叩かれた。
27.ウマの鞍がゆるんだ/鞍がきつすぎて、ウマが苦しがった。
28.ウマが若かった(経験不足だった)/ウマがずぶかった(すれていた)。
29.スタート地点に向かう途中でウマが暴走した/休養中にウマが暴走した。
30.ウマが囲まれてしまい、穴を見つけられなかった。
31.競馬場までの長距離輸送がよくなかった。
32.馬運車のなかで車の排気ガスにあたった。
33.レース前後に厩舎近くで打ち上げられた花火でウマが興奮してしまった。
34.ウマの腹帯が切れた。
35.ウマの蹄鉄がはずれた。
36.ウマが発情していた。
37.先行馬を早く追いすぎた/先行出来なかった。
38.ウマの食欲がなかった。
39.逃げ切りをさせればよかった。
40.ムチを使うべきではなかった/もっと手綱を強くしぼればよかった。
41.去勢しなければだめだ。
42.血球数が少ないのかもしれない。
43.父親のチャンピオン馬も、もっと年をとってからピークを迎えた。
44.騎手がもう1週するものと勘違いした/もう1週残っているのに勘違いした。
45.ウマに故障が生じたものと騎手が勘違いし、ウマを止めてしまった。
46.騎手がムチを落としてしまった。
47.最後のハロン標識を騎手がゴールポストと勘違いし、手綱をゆるめてしまった。
48.レース中に騎手が蹴られた。
49.ハンディキャッパーの評価が厳しすぎて、負担重量が重すぎた。
50.厩舎にウイルスが蔓延していた。
レース後にこのような言い訳を聞かされたことのない馬主は、負けしらずのウマを所有しているか税金逃れのために外国に住んでいるかのいずれかに違いない。
ウマがレースで走らなかったことの言い訳でいちばんすごいのは、おそらくひどい騎乗をした理由を説明する為に監査役の前に連れてこられたある見習い騎手がした言い訳だろう。なぜもっとうまく騎乗しなかったのかと問われて、その若い騎手は「ボクはどんな事があっても6着以内には入らないだろうと理事に言われたからです」と答えたというのだ。
かつぶー≫最近ではジェヌインの岡部騎手のコメント「馬券が舞って走る気をなくした」というのがなかなか傑作ですねぇ。競馬ブックなどで騎手のコメントが出てますが、見てると結構笑える言い訳があるもんです。
「競馬の動物学」より 10.5
競馬ノートをおつけなさい。
~前文省略~
結局、レースをよく見ていないといけない訳です。記憶力が大切なんです。
それに競馬場に来られない職業の方もいらっしゃるでしょうから、そういう方はレースの結果だけでも自分なりに手帳だとかノートに書き記しておくことが必要です。記録する事が記憶することにつながるのも競馬。だから僕はいつもノートをつけているんです。
新馬など一開催に二回使うことがあるでしょう。だから最初の新馬戦のときに、自分の間違いを含めて、その時思っていたより走らなかったとか、まだ体が出来てないとか、ゲートが悪いとか、あるいはこの馬は次走いいかもしれないとか、そんなことを記しておくと次走に役立つんです。
未勝利馬たちの中に入ってどのくらい競馬ができるだろうかというような、ひとつの位置関係がはっきりしてくる訳です。そうすると、このレースはどの馬がいいんだろうといちいち考える前に、未勝利戦ならこの馬という狙いが立つんです。
最初のうちは少し大変かもしれないが、そうやって自分のノートをつくっていくと、ひとつの習慣になって必ず何かしら役立つ資料となり、次走にむけての何かがわかってくるはずです。
だから単に馬券が当たった、はずれたで終えてしまうのでなく、競馬ノートは絶対につくっておくべきだと思います。
何回か記録していくうちに必ず自分の競馬にたいする考え方がわかってきて、馬券にたいするスタンスの取り方が決まってきます。そうなれば自然に大声を出して応援してしまうわけで、それがひとつの競馬の醍醐味だといえるんです。
馬券をとられた時は忘れたくなるんですが、終わったあと反省しないと絶対進歩がない。いま僕がノートにつけているのは、未勝利馬の数が増えてきたので未勝利戦はレース毎に、そして新馬と四歳の特別、あとは一般的な古馬の特別、それだけは気付いた事、レース展開などを一つひとつ書いてます。
全レースを予想している以上、僕は自分の予想には責任を持つためにだいたい全レースの馬券を買っています。しかし一般の人達が全レース買うというのには賛成できません。
馬券の買い方で一番下手なのは、軍資金が仮に1万円だとしたら、それを10レースで割って1レース千円ずつという買い方。こんな買い方が一番ナンセンスなんです。
というのは、千円では10レースすべて当たらないと儲けにならないからね。ですから持っている資金を均等にして全レース買うというのはやめてください。
ある程度、競馬を覚えてきたら、買うレースと買わないレースを分けなければいけません。自分なりに自信のある予想ができたら、そのレースに重点をおき、不安なレースは休むという事です。
そういう意味で、やはりレースが終わったあとはきちんと反省なり勉強なりしておいて記憶に留めておかないとダメですね。
かつぶー≫「2歳戦、新馬未勝利はわからない」と言ってないで、ノートをつけていけば大体傾向とかがわかりますからね。特に自分のノートで次走は狙えるだろうと書いていた馬が実際走ったときは、自分に自信が出ると同時にノートをつけていて良かったと思うはずです。
大川慶次郎著 「最強の競馬学」より 9.7
何故英語で馬のことをホースと呼ぶのか。
イギリス人のほとんどは、言葉の由来も気にせず、「ホース」、「ポニー」、「スタリオン」(牡馬)、「メアー」(牝馬)、「フォール」(子馬)といった言葉を使っている。言葉はあくまでも言葉であるから、我々はそれらの言葉を気にせず使っているのである。しかしそれらの言葉の起源を調べてみると、おもしろい事実が浮かび上がってくる。
「ホース」(horse) この言葉の起源については、学者のあいだでもまだ結論がでていない。人気のある説は、昔はこれと似た言葉が「すばやい」とか「走る」といった意味で使われていて、そこからこの言葉が生まれたというものである。馬を家畜化したことで生じたいちばんの利点は、馬の所有者の移動能力が増大することであることを思えば、これはもっともな説に思えてくる。
「スタリオン」(stallion) 去勢されていない大人の雄馬がスタリオンと呼ばれるようになったのは14世紀以後のことである。それはまさに、「厩にいるもの」という意味のone kept in a stallがstall-i-onとなったものである。この言葉がすべての雄馬に適用されたのは、大人の雄馬は気性が荒いために別々の厩に入れられていたからである。この言葉は、もともとはイタリアで生まれた。イタリアには、「スタリオーネ」(stallione)という古い言葉があって、スタリオンはそれに由来したのである。
「メアー」(mare) この言葉は、アングロサクソン語(古英語)が起源である。アングロサクソン語で馬は、普通は「メーアー」(mearh)で、その女性形が「ミアー」(mere)だった。この語から、大人の雌馬を意味する現代語「メアー」が生まれたのである。
「サラブレッド」(thoroughbred) 今日この言葉は、ある血統をそなえた馬をさす。それは、父親と母親の名前がジェネラル・スタッド・ブックに登録されている馬である。そうした馬は、初めは単に「ブレッド・ホース」(bred-horse)と呼ばれ、「コクテイル」(cocktail)という言葉は、「コクテイルドホース」(cock-tailed horse)を縮めたもので、切り詰められた尻尾を雄鶏の尾のように立てている馬のことである。狩猟馬や大型四輪馬車を引かせる馬は、たいていそのように尻尾を切り詰めていた。そのようにされた馬は、血統のない馬でもあった。したがって、コクテイルはサラブレッドではないという関係が成立するのである。コクテイルという古い馬用語は、現在複数の酒などを混じり合わせたドリンク総称としても使われている(カクテル)。馬は血統を混ぜ合わせ、かのドリンクも素材を混ぜ合わせる。そこで後者のドリンクを前者の名を借りて呼んだのである。だから、コクテイルのグラスを静かに傾けるときには、雄鶏の尾のような尻尾をもつ混血の馬に無言の敬意を払っている事になる。
かつぶー≫ほぅ・・・そうだったんですねぇ。これで彼女とカクテルを飲むとき、ウンチクとして語れば尊敬の視線を受ける事間違いなし!? 実践した人連絡ください(笑)
競馬の動物学より 8.10
麻雀の神様、阿佐田哲也のギャンブル哲学。
「一人一人をじっくり眺めていくと、一生幸運だけの人もいない。不運だけの人もいない。問題は福引で運を使ってしまうか、もっと大事なところに運を集中させるかであろう」 (作家:阿佐田哲也)
写真判定の末のハナ差負け。2000m以上も距離を走ったうえでのたったのハナ差。泣くに泣けない。そんな悔しい思い、誰でも2度や3度は経験したことがあるはずである。
悔しいことは悔しいと、気持ちを前面に出すのも悪いことではない。だが、済んだことは済んだことと、サッパリ忘れて気分転換してしまえばそれに越した事はない。ハナ差負けの悔しい敗北を喫した時は、麻雀の神様、阿佐田哲也のギャンブル哲学に学べばよい。
人間誰でも、持って生まれたツキの総量に大差なし。あるのは、そぼツキをどこで使うのか、という使いどころの差だけである。
今日のハナ差負けは、次の大事な勝負の時のためにツキを温存させたと思えばよい訳である。そうすれば、少なくとも心の平静は保てるはずである。
また、自慢タラタラで的中レースの話しているヤカラが近づいてきた場合、この「一人一人の~」を、そっとつぶやいてやるのも、撃退法としては有効かもしれない。
かつぶー≫どうなんですかね?確かに気持ちの切り替えは大事ですが、反省もしないといけないでしょう。
競馬おもしろ雑学辞典より 7.27
信じるものは救われる。
競馬に必勝法というものが存在しない以上、勝つためにの次善の策としては、根気よく自分なりの買い方を続けていく事がいちばんである。たとえば、ある特定の予想家のシルシえを追っかけるというのであれば、ともかく根気良くそれを続けることである。人間である以上、どんな予想家にもスランプがあるから、当たるときもあれば当たらないときもある。しかし、それでも諦めずに追っかけていると、突如として◎-▲なんていうシルシで万馬券をプレゼントしてくれる、という事だってある。肝心なのは一旦信用したら、とことん信じてみようという姿勢である。信じるものは救われるのかはわからないが、ともかく予想紙をもとにして馬券を買うのであれば、そこに掲載されているファクターのなかから最良とおもわれるものを選択し、それを信じ続けるしかないのである。最悪なのは、何の信念もなく馬券を買い続けるという態度である。
客観的にいって、いわゆる予想紙といわれるものは、水準以上に良く出来ている、とおもう。出馬表といわれるあの独特の桝目のなかに閉じ込められた情報量もたいしたものだし、調教欄なども各紙ごとに工夫がこらされていて、大変にわかりやすい。これで、各紙の調教欄が推奨している調教注目馬が額面通りに走ってくれれば厄介はないのだが、競馬の怖いところは、さして調教で動かなかった馬が本番では走ってしまうということである。各紙のトラックマンたちは、最善の努力を払ってはいるのだが、可も無く不可も無い動きしか見せなかった馬の本番での好走を予測することは、まず不可能である。
ところが、こんな馬でもちゃんと買っているファンがいるから驚きである。そのファンにいわせれば、その馬が8戦ばかり前に勝ったときも、やはりこんなふうに可も無く不可も無い動きのときだったから、この馬の調教はこれで十分なのだ、というのである。このファンは、何らかの理由から、ずっとこの馬をチェックし続けていたのである。あえて言うならば、こういったチェック度の深さといったものが勝負の明暗を分けるのだろうが、出走馬のすべてにこういった観察をすることは、まず物理的に不可能でもある。
知性派の馬券学学より 7.5
何故競馬の騎手はジョッキーと呼ばれるのか。
昔は「一般大衆」の名も知らない男をジャックという名で呼ぶ習慣があった。スコットランドでも農夫に対してそれと同じ名前が使われていたが、ややフランス語的にジョックと発音されていた。そして、大人に対してジョックの名を使うように子供、それも特に馬丁として働いている少年にはジョッキーという名が使われていた。17世紀の初めまでは、この呼び名が若い馬商人に対して広く使われていた。競馬を行うために騎手として最初に雇われた若者たちがそれまで就いていた職業が、そうしたウマを専門に使う仕事だった。
17世紀の終わり頃までに、ジョッキーということばは職業騎手に対する一般的な呼び名になっていた。そしてそれ以後、競馬の騎手はジョッキーと呼ばれてきた。つまり、少なくとももともとは、ジョッキーとは若いスコットランド人農夫のことなのである。
以上が、一般に認められているジョッキーという言葉の由来である。しかし、この説には異論もある。「ジョッキーという言葉は、<チュクニ>ということばがわずかに変形したものにすぎない。ジプシーたちは、自分達がいつも持ち歩いている強力な鞭のことをこの言葉で呼んでいる。現在でもその鞭は、悪徳馬商人のあいだではジョッキーの鞭の名で呼ばれている」。これはビクトリア朝期のある学者の主張である。それ以外の学者たちは、この説を「まったく根拠がない」として退けている。だが、この呼び名が定着するにあたって二次的な役割を果たした可能性はある。
ジョッキーという言葉は、確かによく定着している。フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語、日本語など、英語以外の多くの言葉にまで浸透しているほどである。
ついでに言っておくと、おなじみの騎手の帽子(猟騎帽)は、古代ローマの軽二輪戦車(チャリオット)の御者用にデザインされたものを借用したものである。古代ローマの御者たちは、打撲から頭を守ってくれるブロンズ製の帽子をかぶっていた。その帽子には、まぶしい太陽光線をさえぎってくれる前びさしがついていた。イギリスの小学生の学生帽も、そのデザインを借用している。
競馬の動物学より 6.29
天才詩人がハイセイコーに捧げた誌の一節。
「ふりむくな うしろには夢がない
ハイセイコーがいなくなっても
すべてのレースが終わるわけじゃない」
(寺山修司)
名著「競馬への望郷」に収められた「さらば ハイセイコー」という詩のワンフレーズがこれ。
とにかく格好よい。目黒のサンマではないが、競馬の名言は寺山に限る、といいたくなるぐらい格好よい。さらにありがたいことに、この名言はハイセイコーの代わりに、別の馬名を入れて遊ぶ事も可能なのである。
「ふりむくな うしろには夢がない/オグリキャップがいなくなっても/すべてのレースが終わるわけじゃない」
これなどはピッタリはまる。テンポイント、サクラスターオーやマティリアル、ゴールドシチーあたりでも使えるかもしれない。
馬名にとどまらず、人名でも大丈夫。ハイセイコーの代わりに、引退した増沢さんの名前を入れてみても、それなりの格好はつきそうだが、いかがなものだろう。
かつぶー≫皆さんはハイセイコーのところに何を入れますか?
私は「ツインターボ」ですかね。
競馬おもしろ雑学辞典より 6.22
モンキー乗りはどうして生まれたか。
現在では、世界各国で行われている競走騎乗、いわゆるモンキー乗りは、トッド・スローンによって発明されたもので、まことに騎乗法の一大革命であった。そしてその発見は、全くの偶然の機会によるものであった。
スローンは、その自叙伝「トロッド・スローン」(1915年にロンドンのグラント・リチャーズ会社出版)において、このときのことを次のように述べている。
「1894年のある日、サンフランシスコのベイ・ディストリクト競馬場で私と、当時もう一流であったハーギイ・ペニイとあわせ馬をしていたところ、私の馬は引っかかって、いくらたずなを引っ張ってもスピードをゆるめず、しまいに私は馬の首に乗ってしまった。ペニイはこれを見て大笑いしたが、私自身も彼より大きな声を出して笑ってしまった。後で聞いた話なのだが、馬場の外でこれを見ていた連中も、あの小さなモンキーを見ろよ、と大笑いして私の滑稽な騎乗ぶりを見ていたと言う事である。
だが私は、そんな事に関係無く、馬が非常に自由に、大きな歩幅で、しかも大して努力する様子も無く、私の体重が妙に転移していたのを楽しむかのように走っているのに気が付いたのである。
これよりも前に私は、ヘンリー・グリフィンという騎手が短い鐙で体を前傾してレースに騎乗しているのを見ていた。そして彼は当時の一流騎手であったから、これらの二つの事実から新しい騎乗法を考えついた」。
そこでトッドは調教師に、非常に効果的な騎乗法を発見したことを語り、短いたずな短い鐙で実験をしてみた。朝の追い切りで、この新しいモンキー乗りを毎日練習し、そしてついにある日の午後、実際の競走で試みることになった。これは1894年、彼が20歳のときであった。
彼が本格的にこの騎乗法で乗り出したのは1895年で、この年に彼は442回騎乗し、その30%に勝利を得た。
1898年にはアメリカで362回騎乗し166勝して、まさに驚異的な45.86%という勝率をあげたのである。
かつぶー≫大体こういうものはヒョンなことから起こる事が多いですね。私もヒョンな事から競馬必勝法を見つけたいもんです・・・
続・趣味の競馬楽より 6.17
競馬はキング・オブ・ギャンブルである。
競馬はキング・オブ・スポーツだという人もいます。競馬に携わる側からすれば格好いい呼び方だが、「競馬は土台ギャンブルじゃないか」というふうに見ている人もいるわけです。
僕より十歳くらい年上の普通の社長さんだとか、あるテレビ局の社長さんだとか、競馬に関心の無いお偉いさんたちがいるけれども、なぜ競馬に見向きもしないのかというと、あれは土台ギャンブルの一種だというふうに見ているからだと思うんですよ。
キング・オブ・スポーツというのはいまのJRA、日本中央競馬会が、そういう人達にもう一度考え直してくれということで、標語みたいに使った言葉なんですよ。
そういうふうに呼べば認識が違ってくるということなんだろうけれども、あえて言うなら、キング・オブ・スポーツといっても馬券を売っている以上、キング・オブ・ギャンブルであっていいんですよ。競馬の馬券を売っていながら、キング・オブ・スポーツだなんて言ったら、かえって笑われてしまいますよ。
馬券を売らないで、例えば二千メートル走ってどちらの馬が強いか、というような単なる馬の”陸上競技”だったらこれはキング・オブ・スポーツで結構だと思います。
ところが競馬ファンが馬券を買い、その一部がリターンしてきて競馬の賞金となり、その賞金がひとつの基になって調教師の収入になり、騎手の、そして厩務員の収入になり、馬主に入ったお金一部が生産者のところに戻って生産者がよりいい馬を作ろうとして外国から馬を買ってきたりするのが競馬のしくみだとすれば、今は馬券が売れなければダメなんです。何はなくとも馬券が売れなくてはならないんです。
そのためにキング・オブ・スポーツだなんんて言っていたんでは甘いんですよ。やはりキング・オブ・ギャンブル、ギャンブルの中でも一番高貴な、王侯貴族のやるギャンブルだという意味ですよ。
かつぶー≫私も全く同感です。
最強の競馬学より 6.8
「ダービー」の名前の由来。
ホームランダービー、クイズダービー、ふるさとダービー・・・・・・。競馬の世界のみならず、プロ野球、競輪、さらにはテレビのクイズ番組にまで使われている「ダービー」というレース名。レースの考案者であるダービー卿にちなんでつけられたというのは有名な話だが、実はこのダービー、2分の1の確率で別の名前がつけられていたかもしれなかったのである。
第1回のダービーが英国エプソム競馬場で行われたのが1780年。中・長距離が当たり前の当時にあって、4歳限定の1マイル戦(現在は1マイル半)という画期的なこのレースは、ひとりダービー卿によってのみ考案されたのではなく、彼の友人バンベリー卿との共同作業によるものであった。
ダービー卿とバンベリー卿。この新しいレースには2人のうちのどちらかの名前を冠することに決めていたのだが、さて、どちらの名前を採用したらよいものか? 迷った末に取られた方法が、コインを投げて、それが表と出るか、裏に出るかによって決めるというもの。この時、運命の女神が微笑んだのは、もちろんダービー卿に対して。しかし、もしコインの目が逆と出ていたら、今日のダービーはダービーでなく、バンベリーとなっていたはずなのである。
競馬おもしろ雑学辞典より 5.25

