競馬で一服。|List №7

umaipage.com



ホームページの利用について
お問い合わせ
sitemap

tea_title.png

HOME > 競馬で一服。 > リスト7

スポーツ紙競馬欄の作られ方。

 一般のファンのすれば競馬の情報を得る、ほぼ唯一の手段がスポーツ新聞であり、じつはその役割は極めて大きいのです。(その重大さに現場の記者が気づいていないところがまた、スポーツ新聞の競馬欄の悲劇なのですが・・・)。そんな大事な任務を背負うスポーツ新聞ですが、かといって決して「スポーツ新聞は絶対に正しい」「佐藤洋一郎は馬券で死ぬほど儲かっている」などと、ゆめゆめ思ってはいけません(思うヤツはいねぇか)。だからといって「スポーツ新聞はすべて嘘ばっかり」という訳でもありません。あくまでも話半分、そうですねぇ、大体6掛けから5掛けくらいのライトな感覚で読み流すのが、正しいスポーツ新聞のとの付き合い方といえるのかもしれません。
 では具体的にどう読めばいいのか。いくつかの質問に答えながら、例を挙げて検証してまいりましょう。

 質問1:スポーツ新聞の記者は馬体を見ただけで馬の状態がわかるのですか。
 答:まぁそりゃ見るからに腹がボテっとしていたら素人目でも「太めだ」とわかるし、ボウボウの冬毛が出ていれば状態がよくない事ぐらいわかります。でも栗東だけで2000頭はいる馬の全てを毎日チェックするのは、人間の能力の限界をはるかに超えています。それに大学を出て競馬のケの字も知らなかった記者がいつのまにやら競馬のセクションに配属され、5、6年もたてばわかったような能書きをたれる世界ですから、そのあたりは推して知るべきでしょう。
 レース前のコメントが「絶好調」でも、負ければ「目に見えない疲れがあったのかも」と発言する無責任さがこの世界の常識。つまり調教師や厩務員にも本当の状態の良い、悪いがわからないことだってある。それなのにどうして馬に乗ったことがない競馬記者に馬の本当の状態などわかりましょう。調教の評価に「軽快な動き」とか「気合満点」とか似たような表現がありますが、これは単なる文字合わせのようなものと思った方がいいでしょう。こういう陳腐な表現が出たときは記者のボキャブラリーが不足していると思ってまず間違いないです。

 質問2:穴党記者は人気馬に本命をつけないように会社から命じられているのでしょうか。
 答:そういうことは殆どありません。各紙の穴記者と呼ばれる方を思い出してください。かの佐藤洋一郎記者を筆頭にどれもこれもひと癖もふた癖もありそうな風貌の持ち主です。個性の強い人間は当然のように他人と同じことをするのが嫌います。人が◎をつければ無印に、そして誰も印をつけないところに◎を打つ。そういう人は会社に頭ごなしに「穴予想をしろ」と命じられたらそれこそ毎度毎度単勝1番人気に◎を打ちかねません。
 それに比べ。各新聞のチーフといえる本紙予想担当者は人気所を押さえる無難な予想をします。良くいえばオーソドックス、悪く言えば無個性。だいたい穴記者は社内では出世は遅く、本命党は出世が早い傾向があります。スポーツ新聞も寄らば大樹の陰。なんとも悲しい事です。

 質問3:スポーツ新聞に載っている厩舎関係者のコメントは素直に信頼していいのでしょうか。
 答:なんと基本的、ベーシックな質問でしょう!答もシンプルです、NOです。なにしろ日本は本音と建前の世界ですから、それを考えればこの答は当然でありましょう。たとえばダービー前に「いや~、脚がちょっとだけ腫れててさ」というコメントを調教助手がしたとしましょう。それをそのまま書いたら「どうして状態が万全でない馬を競馬に出すんだ」という疑問が沸いてきますし(ヘタすりゃ抗議も殺到する)、当然馬主も「そんなに脚が悪いのか」と心配して電話の 1本もかけてくる。そうなると面倒だから「うん、状態はいいよ」と言っておけばすべてがうまく収まる、と言うわけです。つまり厩舎関係者のコメントは殆どが当り障りのないものばかりで臭くないだけ屁よりはマシですが、はっきりいって屁のようなものです。まぁ厩舎関係者の事なかれ主義が全ての原因というわけではありません。コメントが信頼できないのは競馬記者のズボラさによる時もあります。

 質問4:競馬記者はいい情報を手に入れられるので、いつでも馬券で儲けているんでしょうね。
 答:NOです。たしかにオフレコで話を聞いたり、記事に出来ない話を聞いて馬券のヒントになる事はあります。しかし、しかしですよ。人間同士が競う競輪でさえ的中が難しいというのに、どうして競馬を簡単に当てる事ができましょう。どんなに状態がよくたってスタートでつまずいて大出遅れをしたら、直線で他の馬に前をカットされたら、一巻の終わり。どこかの雑誌で武豊騎手が言っておりました。
 「騎手の中に『今度は絶対に勝てる』とか言う人がいるでしょう?どうしてそんな事が言えるんでしょうかね。だって他の馬はもっと状態がいいかもしれないじゃないですか」
 けだし名言ではありませんか。そう、武豊騎手をしても競馬はわからないのです。いわんや競馬記者をや。
 はっきり申しましょう。競馬記者ほど経済的に恵まれない職業は少ないはずです。なにしろ給料が安いうえに、仕事場に行けば馬券を売っているのです。まさに劣悪、最低の労働条件、労働環境。一生懸命仕事をして、それで1日に2万円だ3万円だとお金が減っていく、その悲惨な境遇にはあの大場久美子さんでさえも「あまりにひどい」と同情されることでしょう。なかには馬券で大儲けをして、としきりに宣伝している記者もいるようですが、私はその記者が他の人からお金を借りている所を何度も目撃しております。

かつぶー>まぁそういう事ですな(笑)。なので専門紙がいいのか、というとそういう事でもないと思いますけどね。質問2に関してはどうですかねぇ、H新聞のI記者は本紙担当前は穴予想で売っていたのですが、本紙担当になったら実にオーソドックスになってましたもんね。この話も5掛けくらいで読み流すのがいいんじゃないですかね(笑)

競馬成金!より 2002.5.29

なぜベテランが馬券ベタに?

 20年、30年と仕事をやっていれば大ベテランとして後進の指導に当らねばならない立場です。ところがこと競馬に関しては自信を深めるどころか、どうも年々「下手」になっていく傾向が見られます。「それだけ競馬というのは難しいのだ」と言えばそれまでですが、どうもそれ以外ににも原因があるように思います。
 というのは大ベテランにもなれば、豊富な知識と経験を基に、的確な判断と鋭いヨミでは誰もが極めて高いレベルにあるのです。そう、「競馬」はうまいのです。この点は疑問をはさむ余地はありません。ただし、こと「馬券」ということになるとあまり成績が上がらない。はっきり言うと儲からない赤字続きの状態に落ち込んでしまうのです。

 なぜそうなるのかと言いますと、最大の原因は「自分が考えた通りに素直に買わない」ことにあります。検討の結果、「軸はこれ、相手はこの3頭だろう」と考えます。大ベテランなのですから、それが正解と言うことが多いのです。ところが実際に馬券を買う段階になると、「誰が考えても同じような結論になるようなものを買っても面白味がないよなぁ」、「これでは本命サイド過ぎて儲けが出ない」、「こういうパターンのレースで大穴になったことがあるが・・・」等々と知識と経験が逆に邪魔をして、もうひとひねりした馬券を考え出してしまうのです。こういう「こだわり」がいろいろな面で出てくるようになると、それがハズレのもととなり、大ベテランがビギナーのように焦り、戸惑い、自信を失って見事な馬券下手への道を転落して行く事になります。

 競馬は上手なのですから、考えは確かで見る眼も正しいのです。その証拠は大ベテランにアドバイスを求めてみればわかります。「この馬で勝負してみたいと思うけど、どうだろう」、「ふ~む、あまり信用しないほうがいいかもしれないよ。この手の馬は時たまポカをやりかねないからね。それだったら単勝は買いにくいけど、こっちのほうが2着は確保してくれる確率は高いだろうね」といった具合に的確なヨミを示してくれます。そしてその通りになることが多いのです。
 これは不思議でもなんでもありません。昔は中央競馬でも予想屋がいました。今でも公営や競輪、競艇、オートでは予想屋さんが活躍しています。そういう人々は、昔は(あくまでも昔々の話ですから誤解をなさらにように)、競輪なら競輪にのめりこんで身上をすってしまい、しかたないから予想屋になった人が多くいたそうです(今はちゃんとし試験があって資格を取っています)。
 大損した人の予想が当るはずがないと考えるのは大間違いで、実際は鋭いヨミで大穴を当てたり、堅いといえば本命馬券を1点ですすめてくれます。なぜそれが出来るかというと、自分で勝負する時には「当てよう・取ろう」の欲が先走って、せっかくの知識が捻じ曲げられてしまったのです。しかし予想という仕事では、客観的な立場から知識と経験をフルに活用できますから、よく当るのです。

 ベテランも同じではないでしょうか。自分で買う馬券は目が狂っていて、当るかハズレるかわかりませんが、他人が買う馬券については実に正しい評価が出来るのです。特に「この馬は来ないよ」という目はほぼ狂いがありません。それでしたら自分が買う馬についてもそういう「目」を大いに働かせれば・・・と思うのです。
 せっかくの知識を活かすために、予想屋になったつもりでお客に教えるために買い目を書くだけにしたらどうでしょうか。そしてお客の「目」でそれをみて、「よし、これはいけそうだ」と思えば買ったらいいのです。客観的な評価をする、いわば予想屋とお客を一人で演じわければ、ベテランたるものムザムザ馬券下手へと墜ちてしまうことはないでしょう。

かつぶー>いや~、頭痛ぇ(笑)。自分は14年くらいですからまだベテランというところまで行ってるかどうかわかりませんが、下の「パドックの見方」にも書いたように自分がこのような状態であります。こんなHPをやっていますから、それなりには競馬は詳しいと思っていますし、そういうヨミや目もそれなりには持っていると思っています。上記のように聞かれればそのように答えられますし、ウンチクも多少は言えますしね。てなもんですからただ単に当るだけでは面白くない、という気持ちも入っちゃってるんですよねぇ。
「新聞と同じ予想じゃ面白くないでしょ」、「そこを捻って当てるのが格好いい」、「難しいというレースをスパッと当てたい」、「なるべく好配当を」 etc.これは馬券で儲けるという意味から離れているのは自分でもよくわかっているところです。また「HPで買い目を出す=自分の馬券」という考えですから、これまた捻ってしまうところがあります。なもんで印が○-△なんてのが多いんですよね(泣)。これで調子を崩した、という人も結構いてHPを閉鎖なんてことも見てきました。
ただまぁ自分はそこのところは半分割り切っているところがあって、「馬券下手でもいいじゃないか。自分の予想の根拠や理由を他の人に楽しく見て貰えれば」という感じでやってます。ちょっとはヒントになるところもあるだろうと。しかしだからといっていい加減にやっている訳じゃないですよ。当てようと思って真面目に予想してます。
最後に書いてある「予想屋と客」ですが、そりゃちょっと無茶ありませんかね?自分は客になるって事は考えた事ないし客になるなら競馬やめますしねぇ、とても客観的になんか見れませんよ。まぁ確かに「この馬は来ないよ」という勘はありますけどね、それだけでは当らないですし。また予想屋のつもりで買い目を出してみても、自分だったら競馬新聞と同じような買い目だったら予想買いませんよ。

馬券下手のあなたに捧げる本より 2002.5.23

あれでいいのか?

 いい加減頭きたので、ここに書くことにしました。

 相変わらずやめませんね蛯名騎手は。先週も何鞍かありましたが今週も更にひどいですねぇ。ありゃ手抜き騎乗と言っていいでしょうね、調教師や馬主はあんなレース見てて怒らないんですかね?自分なら怒りますけどねぇ・・・
 蛯名騎手怠慢騎乗コーナーでも作りますかね(笑)。ひとつ気になるともうダメで、いつも彼のレース振りはチェックするようになってしまいました。でも彼だけですよ、残り200過ぎでさっと追うの止めちゃうの。前にも書いたけど四位騎手以前の問題じゃないの?

 では手抜きした馬挙げときますか。
 土曜は4Rのブルーグラスソング(手塚≠ェひどかったですねぇ。残り400m位からもう追うの止めてる。故障したのならわかりますけどね、どうやら違うようですしJRAの説明もないですね。八百長と言ってもいいんじゃない?
11Rのエクセシヴワードも100m手前位からあからさまに止めちゃって結局後ろの馬に交わされて7着ですよ。あれ6着と7着でどれだけ金が違うのかわかりませんが、あれ自分が馬主だったらその差額蛯名に払ってくれぐらい言いたいですねぇ。

 日曜は3Rのエビスフレンド、9Rのサウンドオブアース、これ残り200で追うの止めてますね。4Rのダイワフロリダも同様。これちゃんと追ってりゃ結構際どかったと思いますよ馬券圏内。極めつけは8Rのホワットアリーズン(加藤征≠ナすかねぇ、ありゃ何?って感じですわ、まったく追いませんでしたねぇ。何時ぞやのショウナンザビーチと同じで、こりゃ馬券買った人間はたまんないっすよ。12Rのタヤスガニエールも直線3着あるかもという脚できているのに残り200過ぎで一気に止めちゃいましたからねぇ。あれ押さえたと言われても仕方ないっすよ。何で 10Rのビッグサイレンスだけ最後まで真面目に追っているんでしょ?
 これレースリプレイで回顧している方にはわかると思うんですけどね、明らかに一人だけ違うでしょ。

 馬に負担がかからない用に勝負付け済んだ、諦めたからと言って追うの止めてるのであれば、それは単なる自己満足ですよ。その馬には金をかけてるファンがいるし、そのわずかな着順で馬主や調教師、自分に入る金額も違ってくる。馬本意と思っているのは間違いで手を抜いてると思われても仕方ないですよ。また「周りの事は何も考えてないでしょ?」と言われたら反論出来ないです。じゃなんで皆流さないの、ってことになりませんか?また騎手1個人の判断で勝手に追うのを止めるのが許されるのであれば、そんなの八百長し放題という事になっちまいますよ。公正競馬を謳ってる天下のJRAがそんなのでよろしいんですかね?

 新聞で後藤騎手がその件について書いてましたね。彼も外国でそのように流したら「他の人が見ている」と注意されたそうです。このレースビデオを海外のホースマンに見せたら何ていうでしょうかねぇ。といいますかJRAや日本の調教師や馬主が何も言わないんですかねぇ?いい加減何とかしないとえらい事になりまっせ。

 ひとつ有効なのは審議にしてしまえばいい。「○番○○号の騎手が追わなかった事に対する審議を致します」と。たとえこれが降着(降着にはなりませんね、追わなかったのだから)その他注意や戒告にならずとも、その審議の声がファンに届いただけでもうその騎手は今後そういう事は出来ないはずです。公正競馬を謳っている中央競馬さん、審議が多けりゃいいってもんじゃない。その中身が重要なのですよ。

 後藤さん、蛯名にもお仕置きしてやってください・・・

 そして蛯名よ、ここを読みなさい。

2002.5.15

わからないものに賭ける魅力。

 勝った、負けたということでこれだけ熱くなれるというのはやはりお金がかかっているからだが、あまり熱くなりすぎてもいけませんね。仮に十万円の収入があるとすると、アパートの代金を払うとか米を買うとか、生きていくために絶対必要なお金は50%の5万円という見方をしておけばいいんじゃないかな。そしてあとの50%は何かといえば、それは自分が好きな事に使えるお金じゃないかと思う。
 生活費とそのほかを半々として計上したら、人間として生きていく為に必要なお金、自分の扶養家族を困らせない絶対必要経費みたいなものには手をつけてはいけないよということなんです。余裕のない生活をしている人は競馬をやってはいけない、というのが僕の考えなんだ。

 タバコを買うお金とか、飲み代といったお金は必要経費の中から出さないでしょう。まぁ酒の方が米より好きな奴がいて、酒さえ飲んでいればご飯を食べなくてもいいよという奴がいるから一概には言えないかもしれないけどね。でも区分するとすればお酒はやはり余裕のある人がやるべきだし、タバコもそうだ。それと同じような種類のお金が競馬の資金にならなければいけない、というのが僕の考え方ですよ。命から2番目というお金しかなかったら、競馬はおやめなさいと僕はいいたい。ディズニーランドへ子供を連れて行くというのに命から2番目のお金を持っていきますか?生活の上の余裕というものがそういうところに現れてくるわけですよ。

 競馬が誤解されているのは昔1枚の馬券が20円だった頃、命から2番目のお金、つまり生活費を使ってしまい家庭をこわし、ほとんど破産寸前なんていうケースがあったからなんだ。当時は東大を出た人が50円の初任給の頃だから、20円の馬券を買うということはそれこそ生活費に手をつける事以外の何ものでもない、という悪いイメージがあったりしてね。時代が時代だから仕方ないという気もするんですけど。でも今はそんなことはない。昔のようなものの考え方で泥沼に入るようだったらやめなさいというが、そうならない状況で余裕を持ってやっていれば競馬ほど面白いものはないんじゃないかな。

 勝つか負けるかわからないから余計面白いんですよ。株のように色々な材料があって、上がるか下がるかだけのこと、また儲かるのがわかりきっているものだとしたら、こんなにも流行らなかっただろう。やはりわからないものに賭けているというのがひとつの大きな魅力ではないかなと思う。魅力というか魔力というかね。
 かなり高配当を取った時、あの払戻し窓口に並んでいる人たちは「絶対にこれがくると思ってたんだよ」と言うに決まっている。取るとそんなことを言いたくなるんです。ラッキー、ラッキーなんていう人はいない、みんな張り合っていてね。
 でも勝負が決まるまでは、半分くらいははずれていて損するもの、と思わなければいけない。取れると思っていてはずれた時の空しさというのは一番手痛いんだ。だから僕は配当が300円以下だったら買わないんだよ。ハズレた時、自分自身の為によくないと思ってね。

かつぶー>はい、おっしゃる通りと思います。ということで私は今は馬券も買ってませんし、今後は競馬新聞も買わないことになりました。タバコも買えなくなってますんでね(笑)。でも競馬は出来ますよ、ネットも出来なくなったら終わりですけどねぇ。その時はこのHPも終わりという事ですのでよろしくお願い致します。
私も3倍以下の馬券はまず買いませんね。自分も似た考えを持っていてそれは、
「堅い馬券は外れた時のショックがでかい、万馬券は外した時のショックがでかい。」
ですので自分は3倍を下回るような馬券は買わない、万券狙う時は総流しをかける。これを実戦するようにしていますね。

最強の競馬学より 2002.4.18

パドックの見方。

 1994年安田記念の前日、川崎競馬場の河津政明調教師に東京競馬場に同行してもらい、パドックでの馬の見方を教えてもらっている。河津師のアドバイスは、「馬体を見て仕上がり状態を判断するのは難しい。それなら精神状態に注目し、走る気になっていると思われる馬を選ぶ方法はどうだろうか」というもの。10レースでは圧倒的人気の3番パワースイープを押さえに回し、10番マウントロードを「歩いている時のバネが素晴らしい。これは精神的に充実している証拠でしょう」と中心に取り上げた。そして実際のレース結果も河津師のパドックでの評価通りとなった。勝ったのは相手馬の1頭として取り上げていた5番デコレイション、そして中心視したマウントロードが2着に粘った。パワースイープはスタートでアオる不利もあったが3着、馬連は1,900円の配当となった。

 ところが河津師の馬券は選んだ5頭をボックスにしての10点買い、4点で済む「流し」ではなく「ボックス」にした理由を聞いてみると、「競馬はやってみないとわからないですから」という弱気な返事。そんなものかと思いながらも「自分の管理馬を出走させる場合に、相手関係が互角以上で状態も申し分なければ自信を持って送り出せると思いますが、思い通りの結果にならない事も多いですか」と聞いてみた。すると「レースが終わると首をひねっている調教師が2人います。1人は自信があったのに負けた調教師、1人は期待していなかったのに勝ってしまった調教師です。これは決して珍しい事ではなく、何度も繰り返されている光景です。勿論私自身が当事者だったことも何回かはあります」という返事。レース前日に馬主に「状態は良いですよ」と報告すると、「馬券を買ってもいいですか」と聞かれ困ってしまうこともしばしばあるようだ。

 さてメインはダート千六のオープン特別、東西8頭ずつのダート巧者が揃った。人気は⑮④⑤⑬⑨の順、しかし1番人気の15番システィーナの単勝オッズは 4.3倍で、人気は割れ気味だ。テレビのパドック解説者が挙げたのは④⑤⑬⑮の上位人気馬、中でもシスティーナを「実が入って充実している」と1番に挙げた。河津師もシスティーナを「今日は力が出せると思います。いい感じで歩いています」と中心に取り、さらに2、3番人気の④⑤の2頭を選んだ。しかし専門紙を見直すと、そのうちの1頭を入れ替えた。「4番のマルタカトウコウは外しましょう。1マイルは長すぎるような気がします。その代りに6番イブキクラッシュを入れます。この馬も短い所ばかりを使われているようですが、マルタカトウコウよりも距離の融通性はありそうです。距離の適性については血統や体形から判断するのが一般的ですが、パドックを観察して推理するのも1つの方法だと思います。短距離のレースならば気合いが十分に乗っている位の馬が良いのですが、距離が伸びれば落ち着いて歩いている馬の方がいいでしょう」というのが理由だ。そして「パドックでの評価が難しいのは、人それぞれの受け取り方が様々であるというのが理由の一つだと思います。私が『落ち着いているからイブキクラッシュが良い』と評価しても、良いか悪いか評価する以前に他の人が『落ち着いている』と思うかどうかという問題があります。つまり10人のファンがいれば10通りの見方があり、パドックでの評価は客観的なものではなく主観に基づく評価だということです。ですからパドックでの評価で大切なことは、他人ではなく自分で感じた事を、自分の物差しに当てはめて評価するということです。テレビの解説者が『気合いが乗っていて良い状態』と評価すれば『そういうものか』と思うでしょうが、そうではなくて自分で見て自分で評価することです。ですからテレビ観戦のファンはパドック解説の時に音声を消して、自分で評価する訓練をしてみたらどうですか。そうでないと『落ち着いている馬は距離の融通性がありそうです』という話をしても、全く役に立ちません。そもそも馬の状態を言葉で表現する事自体に無理がある訳で、自分で感じたイメージを自分自身が評価をするのが最も優れた方法です」と説明を加えてくれた。

レースはまたしても河津師の狙いが的中、逃げたマルタカトウコウをシスティーナが早めに捉え、これを最後に馬券に追加したイブキクラッシュが内から差しきった。馬連は3,140円の好配当で、これを3頭のボックスによる3点買いだったから儲けも大きく、投資金額は10倍以上になって戻ってきた。これに気を良くした河津師、特別3レースだけの予定だったが、「最終レースもやりましょう」ということになった。「2レース連続して当たりましたから、役割は何とか果たしました。今度はこれを増やしましょう」と気合十分、パドックに行くとこれまでよりも表情も厳しくなり、目の前を出走馬10頭が通り過ぎても黙ったままだ。そしてしばらくしてから「この馬が抜けて良いと思いませんか。とてもリラックスしているように感じるでしょう。他の馬はどうもピンときませんね」と8番メゾンブランシュを取り上げた。人気は③⑤⑧の3頭が単勝5倍以下のオッズで差なく並んで混戦模様だったが、確かにメゾンブランシュは良く見えた。「今度はボックスではなく、この馬を軸にして少ない点数で買ってみましょう。当てることより儲けることが大切です」と自信満々だった。ところが先に結果を紹介してしまうとメゾンブランシュは期待に応えて見事に差し切り勝ちしたものの、2着には相手にいれなかった2番クアドリフォリオが入って馬券ははずれてしまった。実は河津師から「2番も悪くはないように見えますが、坂のないローカル開催でしか良績がありませんね」と問いかけられて頷いてしまったのが決めてになってしまったようだ。
 「当てようという意識が強すぎて、余分な事を考えすぎました。馬連は2,000円以上の配当になりましたから、総流しをしてもプラスでしたね」と残念そうな河津師。それでも各馬の状態を見抜く目が確かな事は十分に証明されたし、経験を基にしたアドバイスは十分に役に立ちそうだ。

 さて帰りの電車の中、近くにいた若いカップルの会話が聞こえてきた。どうやら女性の方初めて競馬に連れて来てもらった様子、そして最終レースの馬券を取ったようだ。興奮して「私は競馬に向いている」としきりに話しかける彼女だが、連れの男性は苦笑するだけ。代わりに周囲から「俺も競馬を始めた頃は同じ事を思ったよ」と言う声が聞こえてきた。ところがこの話を聞いていた河津師は真顔で次のように言った。「彼女は確かに競馬に向いていると思いますよ。『競馬は何が勝つかわからない』『自分の目で見てよいと思った馬を買う』『人の予想や話はアテにしない』『何となくフィーリングの合う馬を探す』『走る気になっている馬がいい』など全て正しいと思います。彼女のように素直な眼で予想できればもっと成績も上がると思いますが、経験を積めば積むほど『こんな馬が来るはずがない』とか『印のたくさんある馬が勝つだろう』という先入観に縛られてしまうのではないですか。私も最終レースでは失敗しましたが、欲を出すといけません。自分が買いたいと思った馬は良く見えるものですが、そうではなくてよく見える馬を買うようにすべきでしょう」。

 ビギナーズラックというのは偶然の結果のように説明されることが多いが、実は「初心忘るべからず」という教訓と同様の意味があるようだ。

かつぶー>最後の電車のでの話が全てを言っているように思いますね。今当に自分がそうですよ。パドックでなくても予想で素直にいけない、配当や人気に流されどうしても捻ってしまう。当るレースを配当が低いからといってやらない。本や経験から得たモノが頭の中をグルグル回って素直な予想というのが全くできない状態です。こういう時は初心に戻りパドックでぼんやり馬を見ながら、この馬いいなぁなんて思った馬の馬券を買ってみるというのもいいのかもしれませんね。ただ自分にはビギナーズラックというものはありませんでしたけど(笑)
パドックという点では新馬、特に芝の中距離戦なんかはパドックでの判断は有効なのではないかな、と思ってます。大体均整の取れたバランスの見た目がいい馬は走るのではないかな、という感じですね。
自分の人生も初心に戻りたいのですけどね・・・

競馬場は宝石箱より 2002.4.5

芦毛サラブレッドの系統。

 現在のサラブレッドの芦毛は、いかなる先祖から由来しているのかを調べてみよう。昭和16年1月20日現在の競馬会の登録馬名簿によって、芦毛の競走馬の頭数を調べてみると呼馬3頭、抽せん馬8頭、速歩馬3頭になっている。このうちでサラブレッドといえば、3頭しかいない。そのなかのぜーアドラー、ヒメヤマについて調べてみる事にする。

ゼーアドラー(芦) ハクコウ(芦)
レイコウ(栗)
パープルシェード(芦)
スリリンゲ(黒鹿)
ロイヤルカノピー(芦)
クイニイ(鹿)
ロワエロド(芦)
クリームオブザスカイ(鹿)
ヒメヤマ(芦) プリメロ(鹿)
タンランツクヰーン(芦)
ファラリス(鹿)
シルバークヰーン(芦)
ザテトラーク(芦)
プリンセススターリング(栗)
ロワエロド(芦)
バーレン(栗)

 いずれもロワエロドの芦毛を受け継いでいることを示している。

 次に種牡馬及び繁殖牝馬の芦毛のものについて調べてみる。我が国のサラブレッド種牡馬で芦毛のものは、ゼーアドラーの父ハクコウと、現在は第37シアンモアの血統名にかえって種牡馬となっているダッシングの2頭である。
 繁殖牝馬ではベルエーア牧場のサンスクリット、ヒメヤマの母である小岩井のタンライツクヰーンおよび北海道の下河辺牧場の第二タンライツクヰーン(タンライツクヰーンの持込み)である。これもまたロワエロドの芦毛を受け継いでいることを示しており、結局我が国の芦毛のサラブレッドは全部ロワエロドの血を受け継いでいるために芦毛になっているということになるのである。

ダッシング(芦) シアンモア(黒鹿)
ムシュロン(芦)
ヘロドート(芦)
ムウシェト(鹿)
ロワエロド(芦)
シモネット2世(黒鹿)
サンスクリット(芦) サルシュドン(芦)
ミスユードルス(鹿)
ザテトラーク(芦)
パーフェクトピーチ(鹿)
ロワエロド(芦)
バーレン(栗)

 前記のように我が国の芦毛のサラブレッドはロワエロドより由来しているのであるが、英国のサラブレッドについて調べてみると、もう一つ別な系統が見出されるのである。
 現在英国で種牡馬になっているパンパスグラースという馬の血統を見ると、次のとおりである。

パンパスグラース(芦) パピルス(黒鹿)
シルヴァーヅラース(芦)
ファラリス(黒鹿)
シルヴァースプレイ(芦)
グレイレッグ(芦)
トレビイ(鹿)

 このグレイレッグをいくら遡ってみても、ロワエロドにはたどりつかない。結局現在の芦毛のサラブレッドはロワエロドか、グレイレッグのいずれかの系統に属しているということになるのである。そして現在はこれら2系統の中でロワエロドの系統が圧倒的に優勢であることは、英国の19頭の芦毛の種牡馬中ロワエロド系に属するもの17頭で、グレイレッグ系に属するものはたった2頭であることでも分かるのである。

 さて次にいよいよ芦毛馬の始祖をさがそうと、スタッドブックによってロワエロド及びグレイレッグの血統をだんだんと遡っていくと、結局1頭のアラブに到達するのである。すなわち現在のサラブレッドの芦毛は、まさにその先祖のアラブより由来する事が判明するのである。
 であるから現在、我が国では非常に珍しいサラブレッドの芦毛もアラブではごく普通であるところの芦毛と結局同一起源に属するものなのである。そしてこの芦毛がオルコックアラビアンより二百数十年を経た今日まで、連綿として続いてきたことは非常に面白い事であるといわなければならない。それは前にも説明した通り芦毛の馬は芦毛の父、母からでなければ絶対に生まれないのであるから、一度芦毛でなくなればたとえ芦毛の系統であっても二度と芦毛は生まれてこないからである。世界中に芦毛のサラブレッドが一度絶滅したならば、二度と再び芦毛のサラブレッドは見られなくなるのである。

かつぶー>芦毛馬も遡っていけば1頭のアラブに行きつく、ということですねぇ。しかしサラブレッドの始祖ってダーレー・アラビアン、ゴドルフィン・アラビアン、バイアリータークの3頭ですよねぇ。このオルコック・アラビアンというのはそのなかに入らないのでしょうか?ほぼ年代も同じですしね。でもその以前から芦毛の馬はいたのだという事になるのでしょうね、芦毛は芦毛からしか生まれないのだから。

続・趣味の競馬学より 2002.3.28

芦毛遺伝の法則。

 親の形体や性質がその子に伝わるのは、この形体や性質を出現させるあるものが卵及び精子によって子に伝えられるものと考えるしかほかはない。このあるものを遺伝学では因子と名づけている。つまり芦毛の馬はその親から芦毛の因子を受けているため芦毛となるわけなのである。しかも1つの形体や性質に関しては、父母から各1個の因子を受ける。従ってその子には各々1つの形体や性質に対して父親と母親の因子が対をなしているわけである。そしてこの対をなしている因子は、生殖細胞すなわち卵と精子が形成されるときに分離し、独立に精子や卵の中に入るのである。これをメンデルの分離の法則というのである。

 芦毛についてはD及びdの2つの因子がある。Dはこれが存在するときは馬毛の脱色をおこし芦毛にするので、これを芦毛修正因子といっている。因子dは芦毛に修正しないものである。そしてDは優性で、dは劣性である。つまりDとdが一緒に存在する時はDの作用が現れてその馬は芦毛になり、dの作用は現れないのである。父親及び母親から貰い、対をなしているこの因子のあらゆる組み合わせを考えると次の3種になる。

1.DD・・・芦毛に修正し、遺伝的に純なもの
2.Dd・・・芦毛に修正し、遺伝的に不純なもの
3.dd・・・芦毛に修正しないもの

 つまり全ての馬は芦毛の因子についてのみ言えば、この3つの型のどれかになるのである。次にこの3つ因子型の馬をいろいろに配合することによって芦毛がいかに遺伝していくかを調べてみよう。

 1.遺伝的に純な芦毛と不純な芦毛との配合、すなわちDD型とDd型の交配
 さきにも述べたように、メンデルの分離の法則によって生殖細胞が形成されるときには、この対の因子は1つ1つに分かれて各自独立に精子なり卵なりに入るのであるから、DD型の方を牡とし、Dd型を牝とすれば精子はみなDを1個有するのに対し、卵はDを有するものと、dを有するものとの2種類あることになる。従ってこれらの結合によって出来る子にはやはり、DD型とDd型の2種類を生ずることになる。すなわちこの配合では必ず芦毛が生まれるのである。(今はDD型と牝にとったが、逆の交配でも結果は同じであるから、以下には牡、牝の区別をせぬことにする)

 2.遺伝的に純な同士の配合、すなわちDD型とDD型の交配
 明らかにDD型のみを生ずる。すなわち1と同様に必ず芦毛、しかも純な芦毛が生まれる。

 3.遺伝的に不純な同士の配合、すなわちDd型同士の交配
 DD型、Dd型およびdd型を生ずる。すなわち芦毛とそうでないものを生ずる。

 4.遺伝的に純なものと芦毛でないものとの配合、すなわちDD型とdd型の交配
 Dd型のみを生ずる。すなわち遺伝的に不純な芦毛のみを生ずるのである。

 5.劣性の因子dのみを有するもの、すなわち芦毛でない同士の配合は勿論dd型のみ生じ、芦毛は生まれない。

 以上を総括すると次のようになる。
 1.少なくとも両親のいずれか一方が芦毛でなければ、絶対に芦毛を生じない。
 2.遺伝的に純な芦毛因子を有するものは、他のいかなる馬と交配しても必ず芦毛を生ずる。
 3.芦毛馬同士を交配しても、必ず芦毛を生ずるとは限らない。

 この1によって、両親共かまたはそのいずれか一方が芦毛でなければ、芦毛の子は生まれないのであるから、芦毛馬の血統は芦毛の馬から芦毛の馬へとだんだん遡っていくことができるのである。

かつぶー>いやぁ、メンデルの法則なんて中学以来ですか。簡単に言えば芦毛は芦毛から、ということなんですねぇ。では下に載っているネイティブダンサーはどうなっているのか、といいますと3代までしか毛色は載ってませんがボトムラインが芦毛となっていますねぇ。この3代は相手が芦毛ではないですから、このボトムラインは純な芦毛の因子を持っている、ということがいえるのですかね。という事はMiss Fioraは純な芦毛だったということでしょうか。いや、そうともいえないですねぇ・・・
しかしそう考えると最初から芦毛はいたのだろうか、という事がまずはじめに思うことではないですかね。次回はそのことについての続きを載せてみたいと思います。

続・趣味の競馬学より 2002.3.2

舞踏家の系譜。

ネイティブダンサーの5代血統表をはじめて目にしたとき、母や祖母が日本的な馬名であることに気づいて不思議な魅力にとりつかれたものだ。
 別掲の5代血統表を見ていただきたい。母の名前が「Geisha」(ゲイシャ)で、祖母の名前が「Miyako」(ミヤコ)である。母のゲイシャはおそらく「芸者」からとったものだろう。すると祖母のミヤコは京都や東京の「京」「都」からとったものなのか、それとも「宮子」「美也子」「美弥子」という名前からとったものなのか、いすれにしても日本を連想させる馬名である。

 ミヤコが生まれたのは1935年で、戦前のことだ。この馬名をつけた人物は、そのむかし日本にやってきたことがあったのか、それとも親しい日本人がいたのか。そのあたりのことはよくうわからないが、アメリカの資料を調べるうち、ゲイシャという馬名をつけたのはネイティブダンサーのオーナーブリーダー(生産者兼馬主)であったアルフレッド・ヴァンダービルトという人物だとわかった。
 ネイティブダンサーが3歳戦で連勝街道を突っ走っていたとき、彼はある人に「馬名は誰がつけたのか」と訊かれ、次のような興味深い話をしている。
 「それはわたしだよ。じつはミヤコという牝馬を1万5千ドルで買ったんだが、これは前の馬主が日本人の名前からとったものらしい。それでミヤコが牝馬を産んだとき、その連想からゲイシャと名づけたわけなんだ。」

 この話の内容と1930年代という時代背景から察すると、ミヤコという馬名は日本の芸者の名前からとったものらしく、どうやらアルフレッド・ヴァンダービルトは日本舞踊を舞う芸者の「踊り子」を連想して、ネイティブダンサーと名づけたようである。
 ミヤコという日本人の踊り子の連想が、ネイティブダンサー(先住民の踊り子)になり、その血を引くノーザンダンサー(北の踊り子)が「ニジンスキー」「ヌレイエフ」といったロシアの舞踏家の名をいただいた名馬までも輩出していったことを思うと、遠い異国で走ったはずのそれらの名馬たちが、妙に身近なものに感じられてくる。
 父の「Polynesian」(ポリネシアン)はもちろん南太平洋のポリネシア人のことだろうが、このポリネシアンとゲイシャの結婚で生まれた子がネイティブダンサーというわけだからなかなか洒落ている。

 またネイティブダンサーの代表産駒に「カウアイキング」(カウアイ島の王様)という馬がいたが、これも素直に馬名の意味を連想させてくれる。血統表というのは無味乾燥のようで、こういう意外な楽しみがある。

■ネイティブダンサー 芦毛 1950年生 アメリカ産


Polynesian
黒鹿毛 1942
Unbreakable
黒鹿毛 1935
Sickle
黒鹿毛 1924
Phalaris Polymelus
Bromes
Selene Chaucer
Serenissima
Blue Glass
黒鹿毛 1917
Prince Palatine Persimmon
Lady Lightfoot
Hour Glass Rock Sand
Hautesse
Black Polly
鹿毛 1936
Plymelian
黒鹿毛 1914
Polymelus Cyllene
Maid Marian
Pasquita Sundridge
Pasquin
Black Queen
黒鹿毛 1930
Pompey Sun Briar
Cleopatra
Black Maria Black Toney
Bird Loose

Geisha
芦毛 1943
Discovery
栗毛 1936
Display
鹿毛 1923
Fair Play Hasthings
Fairy Gold
Cicuta Nassovian
Hemilock
Ariadne
黒鹿毛 1926
Light Brigade Picton
Bridge of Sighs
Adrienne His Majesty
Adriana
Miyako
芦毛 1930
Jhon P.Grier
栗毛 1917
Whisk Broom Broomstick
Audience
Wonder Disguise
Cuiosity
La Chica
芦毛 1930
Sweep Ben Brush
Pink Domino
La Grisette Roi Herode
Miss Fiora

かつぶー>自分は血統は馬券のファクターにはいれないのですけど(走る馬の血統がいい血統と思っているので)、読み物は結構好きで読んだりします。ネイティヴダンサーと言ったら今はアメリカで主流となっているミスタープロスペクターの父のレイズアネイティブの父として、また日本ではオグリキャップの父、ダンシングキャップの父という事で有名となっていますかね。サンデーサイレンスの次はこの系統じゃないか、なんて言われてます。
確かにこういう血統の見方もいいですね。ただ日本は冠号なんかあるのでイマイチドラマ性に欠ける感じはしますねぇ。もうちょっと後のことも考えて馬名つけて欲しいなぁ、なんて思ったりします。
しかし小田切氏の馬の名前が血統表とかに載ったらどうなってしまうでしょうかね。オメデトウの仔がアリガトウ、その下がドウイタシマシテ、イエイエ・・・なんて続いたらちょっとねぇ(笑)

競馬の血統学より 2002.3.14

下ネタ抜かずの3発。

■欲求不満タイプの女性は予想がお上手?
 「競馬好きの女性は粗マンである」という噂が、アメリカの一部で広まったことがある。こんなエピソードをユニークな競馬評論家・井崎修五郎さんが紹介している。
 アメリカの夕刊紙「スターダスト」にベッドを共にした女性について詳しくレポートする”ゆうべ寝た女”という人気コーナーがある。このコラムの担当ライターがある夜、ニューヨーク郊外のバーで、キャンデス・バーゲンに似た30歳前後の女性と知り合った。少し話してみると、美人で理想が高いがために婚期を逸しつつあるというタイプ。こういう女性には欲求不満タイプが多いだけに、早速「もっと静かな所で君と飲みたいな」と誘い出し、国道沿いのホテルに連れ込む事に成功した。
 ところがどんなに愛撫をしてもアソコが濡れてこない。そこへ顔を突っ込めば臭いがきつく、さらに中はスカスカで何の快感もないという「粗マン女」だったという。このライター、期待が大きかっただけにがっくりして帰り支度をしていると、彼が持っていた競馬専門紙を彼女がみつけ、「私損したことないんだから」と8レースすべてを予想してみせた。
 お笑い種として記事の最後にこの予想を書いたところ、1番人気がすべて負けるという荒れ方にもかかわらず、予想は全て的中。最高で46.3倍の配当がついてしまった。スターダスト紙では、この女性を探し出して競馬の予想をさせようと考えたが、どこの誰だかはわからずじまい。愛読者のあいだに、「競馬好きの女は粗マン」という噂だけが残った。

かつぶー>でもその女性の予想に乗れば当るのだから「アゲマン」なんじゃないのかしら?究極の選択ですな(笑)

■独り遊びが大好きだったある名馬
 サラブレッドは結構マスターベーションが好きなようだ。もっとも、野生の血を封じ込まれたうえに狭い馬房に閉じ込められているのだ。独り遊びでもしないことにはフラストレーションは溜まる一方なのかもしれない。
 なかでもマスターベーションが大好きで有名だったのが、かのハイセイコーである。ハイセイコーの馬房の三方の壁はいつも真っ白になていたという。勿論、ハイセイコーの精液が飛び散ったゆえのことである。厩舎用語でマスターベーションの事を「腹太鼓をたたく」というが、ハイセイコーは長く伸びたペニスを自分の腹に打ち付けてはせっせとマスターベーションに精を出していたのだ。
 このためハイセイコーは一時期、ペニスに抑制リングを付けられていた事がある。今では使われていないようだが、ペニスが勃起するとリングがしまるというなんとも切ない仕掛けだった。

かつぶー>この抑制リングについては以前ここにも載せてあります。そうか・・・今度から自分の事をハイセイコーと呼んで下さい。しかし決定的に違う所は自分は腹太鼓は叩けません・・・

■ほんの5秒くらいでコトを終える馬の事情
 馬の種付けはほとんどが「三こすり半劇場」。腰を使うこと2,3回。時間にしてほんの5,6秒で射精してあっけなく終わってしまう。どうしてこんなに超早漏なのか?
 その理由はまだ明らかでないが、アメリカで獣姦専門の男優をしているトム・シンドバットは、「インサートしていちばん気持ちがいいのは、1がヤギ、2が羊、3が馬。ただし生まれて1年経っていない馬なら、俺でも1分ともたないぜ」という貴重な証言をしている。つまり馬の膣壁にはヒダが多く、強い刺激をペニスに与える為、射精がはやまるというわけだ。それほど馬のアソコは具合がよろしいらしい。体験者が語るのだから、これがもっとも真実に近いのだろうが念のため獣医たちの考える説も紹介しておこう。
 まず馬のペニスはふだんは股間に縮こまっている包茎で、外的な刺激にさらされていない。そのために粘膜の刺激に敏感ですぐ射精してしまうというもの。またインサートしている間、馬は500キロ以上の体重を後ろ脚だけで支えている。とても楽しんでいる余裕などないという説もある。さらに弱い動物の悲しさで、サッサと射精して外敵の攻撃に備えなければならない。つまり野生動物としての名残だという説もある。

かつぶー>誰か試してみたらどうでしょうかね?
まぁここのところちょっとお堅い話が続いてましたので、ここらで一休みという感じでこのような話題を載せてみました。まぁただ自分が好きなだけというものありますがね(笑)

美酒に酔えるか?競馬びっくり本より 2002.3.6

「調教重視」結果は大赤字。

 「調教」についての基本テーマは、①調教状態は馬の仕上がり具合を正しく反映するのか、②調教の良い悪いはレースに直結するのか、の2点です。私も一時期「調教」はうまのバロメーターとして重視したことがあります。とにかく調教が悪ければ有力馬でも蹴飛ばす根拠にし、凡走続きの馬でも調教さえよければ「大穴を出すとすればこの馬だ!」と買いに走ったものです。

 結果は言うまでもありません。「調教重視馬券術」は大きな赤字の累積を残しただけとなりました。そこまで極端でなくとも、調教状態を手がかりにしてその馬の調子を測ろうと考えているファンは多いのです。そこでちょっと意地悪な疑問を投げかけさせて下さい。

①何本かの追いきりをこなしている場合、どこに重点を置いて判断しているのですか?
②良い調教タイムが出たとき、通ったコース、当日の馬場状態まで調べますか?(同じ日の他馬のタイムと比較すれば、ある程度は速い時計が出たとか、全般的に時計がかかっていたことがわかりますが、どの馬が何時頃やったのかまでは調べようがありません)
③調教をつけるのは調教師・助手・騎手ですが、騎手は軽量として調教師や助手はどれくらいの体重だったのでしょうか?(馬が体重に敏感だとすれば、ハンデつきの調教タイムをそのまま受け取って良いのでしょうか)
④調教タイムは各社のトラックマンが取ります。手動式(?)ですから、とる人によって微妙な差が生じます。自分の見ている一紙だけで正しいタイムと信じられますか?(実際、各紙によって時にはかなりの差があることもあります。特に最後の1ハロンが12.0と11.8など異なっていたら、読む方の印象・評価は大きく分かれてしまうのではないでしょうか。と同時に最後の1ハロンの追い方が、「G前追う」「G前仕掛け」「直線追う」「直一杯追う」「一杯に追う」等々の表現に、どの程度の違いをつけて理解したらよいのでしょうか)
⑤最近では昔ながらのオーソドックスな調教の他に、坂路、ウッドからプールまで幅広い方法がとられてくると、どこをどう見たらいいのか、正しい評価ができますか?
 私にはとても自信がありません。

 自分が調教重視派から脱落したから言うのではありませんが、「調教」はあくまでもレース当日に馬がピークに達し、十二分に能力を発揮できるようにするためのもですから、タイムそのもので過大評価したり、過小評価したりしてはならないとおもいます。

かつぶー>まぁ私から言わせればこの人は調教重視派から脱落したのは当然といえますかね。何を今更そういう質問を投げかけてくるのかわかりません。そんなのは調教タイムを重視するところでわかっている事ではないですか?全然研究が足りない結果が赤字の累積となった、という方が正しいと思いますね。では答えてみましょうか。
①私は一番好調教と思えるタイムに重点を置いて判断しています。特に前日追い切りとか1週前だけに注目しているわけではありません。それが前走の時計とどうなのか比べて上か下か、上ならその大きさはどのくらいかで良化度を判断しています。
②通ったコースは当然見ます。当日の馬場状態はWコースならほとんど気にしていません。ダートや芝コースなら重とか不良という字より大体の見当をつけて見ています。どの馬が何時ごろやったなんてのが分かったところでそう大差ないと思っています。逆に聞きますがそれがわかると何がわかるんですかね?
③それもわかりませんね。というかそんなの頭にいれてないです。何故なら前走時の時計にはWコースは誰が乗ったという事は載ってないからです。それに毎回乗る人間がコロコロ変わっているとも思えませんしね。同じ人間が乗ったほうがその馬の状態が良く分かるんじゃないですかね?
④私は0.2秒の差なんかで状態が上がった下がったなんて評価しませんよ。しかも上がりだけ見てるわけでもないですのでね。何分所をどのような追い方でどのくらいの時計で走ったという全体で評価しないといけないと思います。また私の使用している新聞には「G前追う」「G前仕掛ける」・・・なんて細かい表現はないですね。
⑤私は前走と違う調教内容だった場合は、その馬はあまり狙わないようにはしています。比較できませんものね。なのでそういう馬が速い時計の場合は調教駆けタイプなのかそうでないのか調べる事によってこの時計がこの馬にとって速いものなのかどうなのか判断する必要があると思います。それで速いのであれば好調教という見方でいってます。プールで調整してくるような馬は連闘とか以外はまずいませんよ。まあ多分あなたよりは正しい評価が出来るんじゃないですかね。
大体調教というのはその馬の状態がいいか悪いかであって、幾ら状態がよくても力が劣っていれば勝てないです。なので調教タイムだけで判断するのは全部が全部は無理といえるでしょう。相手関係や展開、成績も絡んでくるでしょうし、それらも考えてその中でも調教を重く見るという方法でないと難しいのではないか、と思いますね。しかし全頭調教の内容を見ることによって荒れそうだというレースも分かるようになってくるし、これは狙いたい馬だとかこの馬は堅いな、というパターンも見えてくると思います。調教だけに限らず自分なりのスタイルを根気よく続けていれば大体傾向も見えてくるので、オイシイ馬券にありつける事も多分多くなるんじゃないかと思っています。

馬券下手のあなたに捧げる本より 2002.2.27